―わたしね、いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれるのを待ってるの…。―

―御伽噺の読みすぎだ。 貴様なんぞを迎えに来る者など居るわけないだろう、夢をみるのも大概にしておけ―

―ねぇ、おじさま…。悪魔は一体何に乗って迎えに来てくれるのかしら…?―

― ……。―

―またそれなの?おじさまは何でも教えてくれるのに、自分に都合が悪くなるとそうやって黙ってしまうのね。ふふふっ…―

―笑うんじゃない。馬鹿にしているのか?―

―ふっ…あはははっ、ごめんなさい。そんなつもりじゃないの…。 あ、お父様が呼んでる…もう行かなきゃ。―

―そうか、ではまた…―

―あのね…おじさま。もう…あなたとは会えないの……―

―何?―

―おじさま、わたしね……―


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「…ル」
「む…ぐぅ…」
「スピール!おきて!!」
大きな声で叫ばれ、椅子に座ったままうたた寝をしていたスピールが目を覚ます。
キョロキョロと視線を動かすが、自分を呼んだ者の姿が見えない。
「スピール、おきた?」
大分下の方から聴こえる声に視線を下に移す。
そこに居たのはオレンジ色の毛玉…もとい、オレンジ色のくせっ毛をふわふわと揺らしながらスピールによじ登ってくるレアーレだった。
「なんだ、貴様か。吾輩に何のようだ? というか、何故吾輩の部屋の中に居る…」
「おなかすいた」
「自分の召使に頼んだらどうだ」
「スピールのつくったのがたべたい」
「はぁ…わかったから降りろ」
ヒョイッとレアーレの小さな体を摘み上げると、無造作に空中に放り投げる。
投げ出されたレアーレは猫のように回転し、上手く着地する。
スピールが部屋を出ようと歩いていくと、無残に散った扉の破片が床に落ちているのを見つける。
「……なるほど。無理矢理こじあけたのか」
力の魔神であるレアーレにとって、鍵のついた扉など障害物にもならない。おそらく部屋に入ろうとしたが扉が開かず、鍵を借りようにも主の許可なしに召使が部屋に入らせるわけもない。ということで実力行使…力魔法で筋力を調整して扉をブチ破ったのだろう。
「だってあいてなかったから」
悪びれる様子もなくさらりと言うレアーレ。
「デザート抜きだ」
スピールがピシャリと言い放つ。
「えぇー!」
抗議の声をあげながら自分に引っ付くレアーレを無視して廊下へ出る。
背後の無残な自室の扉を一瞥して、歩き出すと同時に指を鳴らす。
パチンッと音が鳴り、するとかつて扉があった壁の穴を植物の根や蔓が覆いつくしていった。
「きょうはなにつくってくれる?」
「そうだな、今日は…」
二人が会話をしながら長い廊下を歩いていると、金色の長い髪をなびかせ廊下の角を曲がって行く人の姿が見えた。
「!」
スピールが会話を止めてその後を追い、角を曲がる。
「まってー」
トテトテとレアーレが追いかけて行ったときには既にスピールの姿は見えなかった。
「あれ…?」
ポツンと廊下の分岐点に取り残されたレアーレ。
「…おなかすいた」
そう呟くと、スピールを探すことなくどこかに走り去ってしまった。

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「待ってくれ!貴様はまさか…」
背後から女性の細い腕を掴む。
きょとんとした顔で振り向いた女性は、呼び止めたのがスピールだと気づくやいなや緊張で全身を強張らせる。
「えっ…あ…!こ、これはスピール様…!!わたくしめに何か御用でしょうか、わたくしにできることなら何でもいたします、ご命令を…!」
この魔界に住む悪魔は、自分よりも遥か上位の存在である魔神には絶対に逆らわない。それは規律でもルールでもなく、大きすぎる力に屈服しているにすぎない。
無秩序極まりない魔界で生き延びるためには、上の者にどう媚びて取り入り、下の者に自分の力を示し従わせるか…その能力が最も必要なものだった。
そんないつもの何ら変わらない反応だというのに、スピールは少し何かが引っかかるような、妙な気分になった。
「…? えっと、その…スピール様?いかがなされたのですか?ご気分が悪いのであれば…」
自分を気遣うように見上げてくる綺麗な瞳を見つめる。
「……」
無言で女性を抱き寄せると「あの色欲の象徴であるスピール様がわたしを選んでくれるなんて…」と小声で言いながら女性が頬を赤らめる。
しかし、スピールはパッと女性を放すと軽く手の甲にキスをして去っていく。
「???」
想像していたものとは違う行動をされた女性は少しの間呆然と立ち尽くしていたが
「…みんなに自慢しちゃおっ」
きゃーっと自分の頬に手を当てながら足取り軽くその場を後にした。

下級悪魔にとって魔神は畏怖・崇拝・憧憬などそれぞれ立場や性質によって感じている思いは違うようで、色欲の象徴といわれているスピールは女悪魔たちの間で『一度は抱かれてみたい悪魔』という話題の中に必ずといっていい程頻繁に名前が挙がる。人間にとってのアイドルや芸能人のような存在で、話しかけられた・目が合った等という事でも魅力ある女性としてのステータスになっているようだった。

そんなスピールがこの様な行動を取るのは極めて異例なことだ。
そして、そのスピール自身も自分の取った行動に混乱しているようでもあった。
「これは何だ…吾輩は……今、どうなっている…?」
寝ていたところを起こされたためにまだ調子が戻らないのだろうか?そんなはずは無い。いつもなら綺麗な女性を見かければすかさず声をかけて食事にでも誘っていたことだろう。だが今は何故かその気になれなかった。

「…夢をみていたのは吾輩の方か」

無意識のうちに呟いていた言葉にハッと我に帰る。
思い出しかけていたものを掻き消すように首を振り、前を向く。
早足で廊下を進んで行くといつのまにかレアーレの自室の前に辿り着いていた。
「そうだ、レアの奴に料理を作ってやると言っていたんだったな…。怒っていないといいが」
スピールは小さなため息を吐いて、レアーレが開けっ放しにした扉を閉めながら入っていく。


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―おじさま、わたしね……





 結婚することになったの。―