「ス、スピール…殿!」
ぎこちない様子で一人の少女がスピールを呼び止めてきた。
「何か吾輩に御用ですかな?」
くるりと振り返って少女に合わせて身を屈め、優しく微笑む。
「と…とり……」
「?」
「鳥が鳴いておったので…黙らせた」
目を合わせるのが恥ずかしいのか、俯きながら小声でつぶやく。
「それは災難でしたなパルフェ嬢」
「そ、そうじゃの…」
「吾輩少し野暮用がありましてな。それでは」
カツカツと靴を鳴らしながら去っていくスピールを見て、パルフェが先ほどまで緊張で張っていた肩をがっくりとおろした。
「むぐ…上手く言えぬな…」
今日は人間界で「ハロウィン」という行事が行われている。おばけや怪物に扮した子供が「Trick or treat!」(イタズラかお菓子か)というと、いたずらは困るからお菓子をくれるというお祭りらしい。
実はパルフェは朝からこれをスピールに言おうとしてるのだが、うまく言えずにいた。
人間界の異形に仮装するイベントを悪魔がやるというのもおかしいものだが…。
いままでそんなものに興味も持たなかったパルフェが何故突然こんな行動にでたのか、どうやらたまたま自分の眷属たちから人間界イベントの話を聞いたためらしい。
お菓子といえばよく趣味で料理を(女性に)振舞っているスピールのことが思い浮かび、それでパルフェは憧れの人と話すきっかけになるのではないかと思い立ったわけだった。
が、実際目の前にしてしまうとプライドが邪魔をするのかなかなか素直に言い出すことができない。
「どうしたら良いのじゃ…」
「パルフェちゃん、こんなとこで何しとるん?」
「ひょわあっ!?」
次はこのタイミングで、いやこうか…と思考をさまざま巡らせているときに話しかけられたものだから妙な悲鳴が飛び出る。
「あぁ、驚かせてしもたねぇ…堪忍な」
「…ペルデル!」
ペルデルをにらみつけながらパルフェが周囲に静電気を走らせる。
「あいたっ、これちょっと苦手やねん。何でも話でもきいたるからやめたって?な?な?」
と体をさすりながら情けない声で訴えるペルデル。
「本当にわらわの話を聞くとな?」
「昼寝にも飽きてしもたし、ワイでもえぇんならお話聞くで?」
パルフェは少しもじもじとしながら
「あの…えっと、トリックオアトリート…と言いたいのじゃ」
「ゆうとるやん」
「……」
ビキッと青筋を立ててパルフェが手に持っていた杖で床を強く叩く。
すると床から流れた電撃がペルデルに伝わる。
「痛ぁっ!?」
「貴様にではないわ戯け!」
「うぅ…すまんて…」

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「つまり…今日中にスピールちゃんにそれを言いたいわけやね?」
「う、うむ」
しかし自分だけでは何もできなかったとしょんぼりとするパルフェをみながら、ダメージから立ち直ったペルデルがひとつ提案をする。
「じゃあ、ワイがスピールちゃんのこと引き止めといてあげるさかい、パルフェちゃんはタイミング見計らって話かけるってのはどうや?」
「わらわに協力してくれるのか!?」
ぱあっと顔を明るくしてパルフェが杖をきゅっと握る。
「まー、ワイにもおこぼれ貰えるかもしれんからねぇ。ワイにできる範囲にならお手伝いしたってもえぇよ?」
「後でお主にはわらわから褒美を授けてしんぜよう!遠慮なく受け取るがいいぞ」
「ありがとさんなー」
ひらひらとパルフェに手を振りながらペルデルはフラリと歩き出す。
「さぁて、スピールちゃん探しにいこか……」
かと思ったが
「何もワイが直接探さんでもえぇか、眷属の子らに頼んで適当に散歩しとこ」
さすが怠惰の象徴といったところなのか、協力はしても努力はしないペルデルだった。

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「なんだ、貴様かペルデル」
「あー、スピールちゃんこんなところにおったんやねぇ。随分探したんやで?(ワイやなくて眷族が)」
「フンそうか。それはご苦労だったな」
心底から興味がなさそうに返事をするスピール。本来なら男の呼びかけなどには一切反応したくはないが、一応同じ魔神であるペルデル相手であれば少しでも対応をするのが上級悪魔としての流儀だ。
スピールがつまらなそうにため息をついているとき、ペルデルはこっそりパルフェに合図を出す。
「と、ところでスピールちゃんはいままでどこに行っとったん?」
「魔王様のところまでな」
「なるほどー、魔王様の神殿のところに居たんやったら気づかんかったわ」
「眷属程度ならともかく、貴様も魔神ならば魔王様の神殿にも入れただろう?」
「うぇ?あ、あぁ…せやなぁ…」
ペルデル自身は真面目に探してなどいなかったため、少し痛い所を突かれて目を泳がせる。
その後も取り留めない会話をするが、話がすぐに途切れそのたびに微妙な空気になってしまう。
「話はそれだけか?吾輩も暇ではないのでな」
背を向けて去ろうとするスピールを慌てて呼び戻す。
「あぁー!ちょっちょいまちスピールちゃん!」
「まだ何かあるのか…」
そろそろ苛立ちを隠せなくなるスピールに睨まれペルデルが怯む。
「えっとなぁ…あ!お菓子とか、最近何か作っとるんか?」
「いや、少し忙しくてな。なかなかそんな時間がないのだ」
「んー、それは…アレやんなぁ」
受け答えのレパートリーが減ってきたのか作戦が面倒になってきたのか、適当な返事になってくるペルデルを不審に思ったスピールが詰め寄る。
「貴様、何を隠している?」
「うへ?な、なんのことだかわからんなぁ…」
「何かよらかぬことでもたくらんでいるのではないか?」
「いやぁ…別にそんなことはないんやけどねぇ…(パルフェちゃんもうそこにおるんやろ?何してんねんはよ来たってや!)」
このままでは拷問でもされかねないと怯えながらパルフェがはやくこの間に入ってくるのを祈るペルデル。
そんな光景を廊下の角から伺っているのは女子二人。通りすがりに面白いもの見たさで様子を見ているリールと、当の本人パルフェだった。
「もうここまできてそんな調子でどうするのよ。スピールが怒ってペルデルのこと八つ裂きにしちゃうのを待ってるつもりなのぉ?」
「や、八つ裂きじゃと!?」
「そうよぉ、ガイと昔からつるんでるせいでスピールもあれで結構短気なんだから。女の子相手にはそんなところ全然見せないからわからないんだけどねぇ」
スピールの怒ったところはみたことがないが、しょっちゅう短気をおこして口から火を噴くとある魔神を思い浮かべてプルプルと震えるパルフェ。
その背中をリールがぽんっと押し出す。
「さ、あなたがあそこに行って場をおさめてらっしゃい」
「えぇぇぇ!!?わらわにあの場所に飛び込めと申すか?」
「大丈夫よぉ、スピールならあなた相手に怒ったりしないわ」
「むぅ・・・」
決心をしたパルフェがギクシャクとしながらスピールたちのほうへ歩いていく。
「あ…あの……」
「おや、こんどは何用ですかな?」
ペルデルに詰め寄っていたスピールはピタリと動きを止め、先ほどまでの険しい表情から一変し、いかにも紳士的な態度でパルフェに向き直った。
「スピール殿…」
「(頑張れパルフェちゃん。ワイの頑張りを無駄にせんといて〜)」
「と…とりっ…とりっくおあ……」
「トリックオアトリート。スピール、おかしちょーだい?」
「「え?」」
パルフェの渾身のひとことをさえぎって、ひょっこりと現れたのはレアーレだった。
想定外の出来事に疑問符を浮かべるパルフェとペルデルをよそに、
「すまないな、今は持ち合わせがないのだ」
「えー、じゃあイタズラするぞー」
レアーレはスピールの背中にひょいっと飛びつき、ぶら下がる。
「こら…動きづらいだろう」
一見ただのじゃれつきにも見えるが、レアーレは力の魔神であり、得意とする魔法は力の操作。つまり、重力の操作もできるというわけで…
「レアーレちゃん、今何kgかけとるん?」
「えーっとね…800kgぐらい…?」
さらりと言う。
800kgをぶらさげて動きづらいというだけのスピールもスピールだが、レアーレも自身に800kgをかけているということであり、それを支えるレアーレの腕もまた凄い。
「イタズラおわりー。またこんどおかしちょうだい」
「あぁ、用意しておこう」
「ばいばーい」
自分の眷属か召使にでもお菓子をもらいにいくのか、さっさと去っていくレアーレ。
「で、何か言いかけていたようでしたが?」
女性の言葉はどんなときでも聞き逃さないのがスピールである。
「あっ、とっとりっくおあとりー…」
「スピール!」
ぎゅっとスピールの腕に抱きついてきたのはクイエートだった。
「(あーらら、また言えへんかったなぁ。パルフェちゃんも運がないのかもしれへんけど、クイエートちゃんは多分わざと割り込んできたんやろねぇ)」
クイエートの美的感覚からみるとスピールの声が特に気に入っていて憧れているらしく、似た思いを持つパルフェをなにやら敵視している節がある。
それを見抜いているのはペルデルとリールくらいであり、レアーレは気がついているのかどうかわからないが、思慮深さに欠ける単細胞の持ち主であるガイストや自身を含んだ恋愛ごとに疎いパルフェ、そして女性以外に興味がないスピールもまた気づいてはいなかった。
「Trick or treat! イタズラしてもいいよね?」
「腕を掴むな気色悪い」
お菓子の有無も確認せず(先ほどのやりとりを観ていたらしいので当然だが)スピールに絡むクイエート。
一方スピールのほうは男であるクイエートのアプローチには気づきもせずまた興味もなく、不快そうにしながらクイエートを引き剥がそうとする。
そして、二度も邪魔が入ってしまったパルフェと協力者のペルデルは…
「う…」
「(パルフェちゃんご機嫌悪なってしもたなぁ…このあとどないして逃げようかな…)」
パルフェはうなだれ、周りには暗雲でも立ち込めているような雰囲気になり、ペルデルはというと失敗に終わった作戦で怒り狂ったパルフェの八つ当たりからどう逃げ出したものかと保身のことを考えていた。

廊下の向こうではリールに捕まえられたガイストが二人でその修羅場(?)の様子を眺めている。
「大丈夫かしらぁ、パルフェちゃんもこれじゃ可愛そうよぉ」
「何事にも試練ってのはツキモンだろ」
サラリとさめた目で向こうの様子を観ながら言う。
「あら、少女の健気な青春にも厳しいこと言うのねぇ」
「年齢4桁も越えてるオレたちに青春もなにもねェだろうが…」
「恋に年齢制限なんてないわよぉ」
「愛だの恋だの、人間じゃあるまいし…何を呑気な」
チッと舌打ちをするガイスト。
「いいじゃない、アタシたち悪魔こそ、その象徴にならなきゃ」

「レアーレにはイタズラさせたのに僕だけ駄目なのかい?酷いよスピール。レアーレばっかりずるいよ!僕にだってイタズラする権利はあるはずだよ?」
「うるさいぞクイエート、用が済んだならさっさと消えろ」
しっしっ、と猫を追い払うように手を振る。
「むぅー」
「クイエートちゃん、男の子が頬膨らましても可愛くなんかないで」
「ペルデルったらそんなこといわないでよー」
「む…?パルフェ嬢はどこへ?」
会話をしているうちにいつの間にやら姿を消してしまっていた。
さすがに心配になったのかペルデルが後を追おうとする
「まてペルデル。彼女は吾輩に何か言うことがあったのだろう。吾輩が探そう」
「そか、ほんなら後よろしゅう」
さっと身をひくペルデル。
「えぇー、スピール行っちゃうのかい?」
「じゃあクイエートちゃん、ワイとどっか食べにいかへん?お菓子もらえへんかったし小腹すいてきたやろ」
「しょうがないなぁ…どうせ僕に奢らせる気なんでしょ? 甘いもの食べたいからペルデルも付き合ってよね」
「ゴチでーす」
ひょこひょことクイエートについていくペルデル。
「(面倒やけどパルフェちゃんにご褒美もらえるんやったらもうちょっとだけ協力していっぱいもらわんと割りに合わへんよなぁ…)」

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・

コンコンッ
分厚く重たそうな扉をノックする音。扉の奥に閉じこもっているのは完全に落ち込んでしまっているパルフェで、他には召使も誰もいなかった。
「誰ぞなんの用だ。わらわはひとりで居たいのじゃ、すぐに去れ…」
「……。」
訪問者はしばらくどうしたものかと考えていたが
「パルフェ嬢」
「!」
訪ねてきていたのはスピールだった。しばらく探し回ってもパルフェはどこにもおらず、果てには魔神たちの夕食の場にも現れなかったものだから召使を捕まえて聞いたところ、何も食べずに部屋にこもって出てきてもらえないと困っていたので、直接こうしてやってきたというわけだ。
「気づくことができずにすまない。女性の気持ちを汲んでやれんとは紳士失格だな…」
「……」
「吾輩の菓子が貰いたかったのだろう?」
「……」
カタンと扉の向こうでで小さく物音がする。
「今さっき作ったものだ。冷めないうちに食べていただきたいのだが…食欲がないのであれば無理は言わない。すぐに消えよう」
少しの沈黙をおき、ギギギ…と扉が開く。
「い、頂こう…」
「えぇ、どうぞお召し上がりください」
「茶ぐらいは出す。スピール殿も中へ…」
「それではお邪魔するとしようか」
広い部屋の真ん中にある豪華な装飾が施されたテーブル。その上に紅茶とスピールお手製のお菓子を置き、遅めのティータイムとなった。
スピールが作ってきたのはガトーショコラに似たケーキのようなお菓子で、パルフェはそれが気に入ったのかそれとも会話が思いつかないのか、あるいわ両方なのか無言で完食した。
「美味であったぞ」
「それは何より」
微笑み返すスピール。しかしパルフェは緊張して目を合わせることができない。
結局肝心なことが居えずに終わろうとしているので、パルフェはもう一度勇気を振り絞る。
「スピール殿」
「はい、何か?」
「Trick or treat! …と、今日はそれを言いたかったのじゃ」
「…はて」
とスピールが首をかしげる。
「お菓子は先ほど渡してしまいましたからな…」
「いや…別にそういう意味ではなくて……言えずじまいではわらわが納得できないというか…その」
「それはそれ、これはこれではないですかな? どうです、お菓子がないので吾輩にイタズラ…されますか?」
「いっイタズラとな!?」
「イラズラかお菓子か。なのでしょう?どこからでもどうぞ」
と両腕を広げる。
「えっええええ…えっと、そう……じゃの」
イラズラといわれても何をしたらいいのか。わからず混乱するパルフェをスピールは満足そうに眺めている。
どうやらスピールのほうもこれをイタズラとして楽しんでいるようだった。
「冗談だ。元気そうで安心した。 吾輩はこれにて失礼しよう」
「あ…あう…」
「ゆっくり休め…っと!?」
ひしっとパルフェが抱きついてくる。
「少し屈め」
「こうですかな…?」
「ん」
頬に軽いキスをされて少しの間固まるスピールだったが、今のがパルフェの精一杯のイタズラとお礼であったと気がつき、それ以上は何もいわずに、ポンポンとパルフェの頭をなでて出て行った。
「うぅぅ…」
パルフェは一人反省会を長々と続けたあと、スピールになでられたところをもう一度自分で触りながら
「えへへ…」
見た目相応の少女のように、花が咲いたような笑顔を浮かべた。

・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・

ところで今回珍しく働いたペルデルはというと
「あぁー、歩き回って筋肉痛やし、パルフェちゃんは何か浮かれとるしでご褒美のこと忘れとるんちゃうかなぁ…」
と、ダラダラ寝そべりながらぼやいていた。